オリンピックが終わって1カ月半。
満員のさいたまスーパーアリーナ。
観衆はオリンピックと違い選手の演技を、順位に関係なく、それこそ楽しみたいという雰囲気だ。
見る方も演じる方も、どうしてもオリンピックシーズンは誰もがオリンピックに照準を合わせる。
スキー競技のようにWカップがオリンピックをまたいで続けられる競技ならまだしも、グランプリシリーズは早々と終わり、国内大会、各地域の選手権、を経て頂点にオリンピックが組み込まれるフィギュアスケートでオリンピック後の世界選手権というのは立ち位置が非常に難しい。
毎回、オリンピック年の世界選手権では欠場選手が大挙出てしまうのも、無理からぬことなのだ。
されど世界選手権。
欠場する選手はその時点で世界チャンピオンの資格を失っているのだ。
出場する選手にとってはチャンスが増す事になる。
オリンピックのメダリストが出ていなくても、世界選手権の価値は不変だ。
選手達もベストパフォーマンスを見せる為に出場し、その結果が表彰台ならこんなに嬉しい事はないのだ。
これはアスリートの本能だ。
さて男子SP。
注目は誰が何と言おうが羽生選手だった訳だが、結果は3番手という事になった。
最初の4回転で失敗した後、明らかに羽生の演技は自分への怒りに満ちていた。
インタビューで過信があったと話しているが、オリンピック後のあの忙しさでベストのコンディションを維持できている方が不思議である。
心なしかふっくらした感じを受けたが、おそらく今大会は積み重ねた練習の貯金で戦っているような物だろう。
冒頭の4回転がアンダーになって転倒。
このエレメンツだけでオリンピックに比べ9点、転倒入れて10点マイナスだった訳で、これが普通に跳べていたらほとんどオリンピックと変わらぬ101点越えをしていた訳だ。
逆に言えば、それでも91点という点数を取れた事が素晴らしい。
自身への怒りのパワーが、今シーズンのピークを過ぎた仕上がりを増す事が出来るかどうかがフリーに向けての鍵となる。
史上最高傑作の言葉が出た町田選手。
彼はオリンピックでのSP失敗を何としてもここで取り返したかったはずだ。
チャン、デニス・テンがいない今大会、オリンピックで上位の選手は羽生とフェルナンデスの二人だけだ。
ここで最高のSPを演じた町田は明らかに興奮していた。
もちろんそこは氷上の哲学者。
あからさまにそれを表わす事はなかったが、歩いて会場を後にする彼の背中からは、世界チャンピオンに近づいたという高ぶりを見てとれた。
無理もない、4回転、3回転の連続ジャンプを完璧に決め、オリンピックでの痛恨のエレメンツとなったルッツも今回はしっかりと3回転を決めた。
この二つのエレメンツで11点近く上乗せした事になる。
エデンの東に続き火の鳥も史上最高傑作が見せられた時、町田に世界チャンピオンの称号がつく事になる。
小塚選手は現段階で出来る事を出し切っていたと思う。
高橋選手欠場で急きょ出場となった訳だが、よくぞシーズンベストを出すまで仕上げてきた。
冒頭の4回転も僅かの着氷ミスが減点対象となったが、きちんと4回転回ってきて、演技の中で調子を上げていった感じだ。
選手の持ち点と言ってもよい、演技構成点がどうしても低くなるので6位という順位だが、来シーズンに向けて再浮上のきっかけになる大会にして欲しい。
外国人選手ではやはりハビエル・フェルナンデスの、あのコミカルの中にも魅せる要素の多い演技が、史上最高傑作と言える出来栄え。
キムヨナ、羽生、フェルナンデス。
ブライアン・オーサーに師事したこの3人のSPは際立って印象が強い。
フェルナンデスにとって、フリーも揃える事が出来るかどうかが大きなポイントで、昨年の欧州選手権で出した自己ベストにどこまで迫れるかが注目される。
ソチで合計得点の自己ベストを出した勢いを持続しているかのようで、これまた選手の持ち点ともいうべき演技構成点の壁はあるが、当面の目標はトータルでの自己ベスト更新であろう。
今日いわゆる想定していた所以外で一番おお~!と沸いたのが、ハンヤンの冒頭の3Aではないか。
その跳んだ距離が尋常ではなかった。
正に飛んだって感じだった。
まだ18歳。
羽生の良きライバルとして今後の成長は脅威であろう。
あと、幻の代表マキシム・コフトゥン、引退すると聞いたジェレミー・アボットなどそれぞれの思いで滑る世界選手権。
シーズン終わりを告げる戦いが始まった。