それは突然のことでした。NHKの「朝ドラコンサート」を見ていた時に表示された衝撃のニュース速報。体調がすぐれないとは知ってましたが、まさかこんなに急に亡くなられるとは・・・
「憎たらしいほど強い」
リアルタイムに横綱北の湖を見ていましたが全くその通りでした。
大鵬は強くて人気の象徴になり、北の湖は強くて不人気の象徴になる。
大鵬の柔らかさと違って、ぶつかっていってもはね返されそうな岩のような巨体。
身体の大きさから想像もつかない俊敏な動き。
とにかく強かった、歯が立たないほど強かった。
あまりに強いが故の相手力士に対する判官贔屓。
今から思えば辛いこともあったと思いますよ。
絶対そんなことはおくびに出さなかったですけども。
でも後々、相撲ファンの多くは、真摯に土俵を務め続ける横綱を応援するようになっていきましたね。
恥ずかしながら私もそんな一人です。
思いだしますね。
当時まだまだ悪役状態だった北の湖の大ファンの女性が近所にいました。
北の湖に男の中の男を感じてファンになったようでした。
男は黙ってなんちゃらビール・・・って故三船敏郎のCMがありましたね。
損な役回りをさせられても愚痴一つ聞こえてこず、強い横綱で有り続けた北の湖。
当時はライバルも多くいました。
何といっても輪湖時代を築いた横綱輪島ですが、二人の対戦は毎回手に汗を握りました。
今、あれほどド迫力の相撲は滅多に見られません。
横綱としての晩年、1981年1月場所、当時関脇の千代の富士に決定戦で敗れました。
忘れもしません。
ちょうど旅行中の宇高連絡船船上でテレビを見ていました。
テレビ桟敷は黒山の人だかり。
決定戦で千代の富士が勝った時の歓声は凄かったです。
勝負が終わったと同時に宇野の桟橋についたので皆が興奮気味に船を降りていました。
北の湖のファンと化していた私は悔しい思いをしました。
最後まで北の湖はそういった役回りを演じていたんですね。
理事長になっても多くの問題を抱え、時には批判を受けたりしました。
現役時代と変わらず真摯な姿勢で、身体の不調を顧みず職務を勤め上げた頑張り理事長。
その功績は、後々歴史が証明してくれることになるでしょう・・・。
ご冥福をお祈りいたします。