もう終わったと思っていた。
モスクワで開催されるこの世界陸上はイシンバエワにとって思い出のデビューの地で競技生活を終えるいわば鎮守の森に帰ってきたような物だと思っていた。
それが、予選でかつての輝きを取り戻したかのような鮮やかな跳躍を決めた。
ん!これはちょっと違うぞ・・・。
そう思った人は多かっただろう。
しかし、まさかその時点でも、こんな歓喜の瞬間がやってこようとは正直思っていなかった。
試技を待つ間の儀式はいつもの通りだった。
集中力を高め、雑念を振り払い、他の選手の動向は一切気にせず、ひたすら集中力を高める昔から変わらぬイシンバエワの姿がそこにあった。
4m65、4m75、4m82とだんだんと完璧さを増してくるイシンバエワの跳躍。
しかしサーも身体の一部が触れるも落ちてこないバーに救われ4m82をクリア。
シルバも一体この日何本目の跳躍か、すごいスタミナで同じく4m82を執念のクリア。
3名が並ぶ熱戦となる。
このままで、次に皆が失敗すれば試技数の関係でサーが金だ。
迎えた4m89。
1本目でイシンバエワこれを見事にクリアして成功。
何と美しい跳躍。
足のつま先から真っ直ぐ身体がグイーンと伸びてバーの上で大きくクリアしていく。
世界一美しい跳躍だ。
歓喜のスタンド。
喜び爆発のイシンバエワ。
もう誰もがこの時点で復活の金メダル獲得成ったと思っただろう。
サーもシルバもこの高さを跳べずにイシンバエワの優勝が決まる。
こんなことってあるんだ。
小説でもこんな結末は気恥ずかしくて書けない。
見事に有終の美を飾ったイシンバエワ。
その輝きに満ちた表情は世界中の人に元気を与えた。
あきらめずに準備をし続けたからこそ、こんな劇的な事が起こったんだろう。
今日のこの棒高跳びは間違いなく今大会の最大の見せ場の一つとして語り継がれてゆく事だろう。