仕事以外全部趣味
競馬を見だして、かれこれ50年以上。
競馬を知るきっかけはタニノムーティエだ。
これだけ長く競馬を見ていると記憶に残るレースは数多い。
今回は阪神大賞典と言えば必ず語られるであろう1996年のレース。
同じブライアンズタイムを父に持つ両馬。
このレースを取り上げる競馬ファンは多く、競馬に関する思い出のブログ等で多く投稿されているに違いない。
私の拙ブログでの思い出のレースは、出来るだけ被らないように心掛けているが、このレースは避けて通れない。
本番の天皇賞が3200Mということもあり、阪神3000Mで行われる。
長距離は、種牡馬としての価値と言う点では阪神マイルや府中の2000や2400などに比べて好まれていない。
昔は天皇賞秋も3200だったが、2000に変更になってからの方がレース自体も面白くなった。
こういった特殊なレースであるからか、いわゆるリピーターが多い。
リピーターというのは2年続けて好走する馬のことで、勝ち馬だけ見てもシンブラウン、メジロマックイーン、ナリタブライアン、ナリタトップロード、ゴールドシップ、ディープボンドが連覇している(ゴールドシップは3連覇!)
今回1996年のレースはナリタブライアン最後の勝利となったレース。
シャドーロールとは馬の鼻すじに装着する矯正具だが、これが代名詞になるほど似合っていて、強くて人気もあった。
そんなナリタブライアンは3冠馬となった3歳時に有馬記念も制覇。
明けて4歳となった1995年は当然天皇賞を目指し、初戦の阪神大賞典を圧勝。
天皇賞制覇も間違いないと思われたが故障で春は休養。
ぶっつけで天皇賞秋に出走したが、まさかの12着。
続くジャパンカップ、有馬記念と良いところなく、ブライアンは終わったと思われた。
そして迎えた5歳初戦が今回の1996年阪神大賞典だ。
対してマヤノトップガンは1歳年下の4歳。
俗に言う秋の昇り馬で、3歳春は条件戦を走っていた。
それが秋になって本格化。
そんな両馬が激突したのが1996年の阪神大賞典なのだ。
1番人気はマヤノトップガンで、ナリタブライアンは2番人気に甘んじた。
そして始まったレースは競馬史上に残る名レースとなった。
激闘を制し復活したナリタブライアンだったが、天皇賞春はサクラローレルの2着。
1カ月後、当時問題となった1200のGⅠ高松宮杯に出走するが4着に敗れる。
その後屈腱炎を発症し引退。
対するマヤノトップガンは阪神大賞典の激闘がたたったか天皇賞は5着。
しかし立て直して宝塚記念を制覇。
天皇賞秋では2着に甘んじたが、明けて5歳、阪神大賞典で前年の借りを返す1着。
続けて念願の天皇賞春も制しGⅠ4勝目となるが、秋に屈腱炎を発症し引退した。
種牡馬になってからの両馬は明暗が分かれる。
トップガンは多くの重賞馬を輩出。
人もそうだが、運命なんて全く分からない物だと思う。
(馬齢は全て現在の表記)
ナリタブライアン 21戦 12・3・1・5
マヤノトップガン 21戦 8・4・5・4