仕事以外全部趣味
※ここに記載する馬齢は全て現在の表記です
競馬を見だして、かれこれ50年以上。
競馬を知るきっかけはタニノムーティエだ。
これだけ長く競馬を見ていると記憶に残るレースは数多い。
今回はあのアイドルホース、ハイセイコーが勝ったNHK杯。
前年があまりにもレベルが高すぎた反動か、この年は突出した馬がいなかった。
そんな時、大井にとんでもない馬が居て、中央に移籍するとのニュースが飛び込む。
それがハイセイコーだった。
当時、新聞だったか週刊誌だったか忘れたが、大きく立ち上がるハイセイコーの写真が掲載された。
その写真はド迫力で、怖ささえ感じる凄い写真だった。
大井での6戦は全て2着以下を大差で退ける別次元の走り。
当然話題沸騰となった。
初戦の弥生賞をゴール前差し切って中央デビュー戦を勝利で飾る。
続くスプリングステークスも差し切って重賞2連勝。
そして迎えた皐月賞は当然の1番人気。
レースは早めに先頭に立ったハイセイコーが追撃を許さず優勝。
今でこそ、皐月賞からダービー直行が既定路線となっているが、当時は皐月賞からNHK杯を使う馬も多かった。
ハイセイコーは府中のコースを経験していないこともあってか、NHK杯に出走。
ここで表題にも書いたが、負けた!と思った瞬間、執念としか言いようがない脚で、前の馬を交わして優勝。
地方含めて10連勝を飾ったのだ。
このレースをテレビ観戦していたが、盛山アナウンサーが、直線1ハロンの標識の所で「あと200しかないよ~」と実況したのが忘れられず、少々長いVTRだが、盛山アナ実況版の貼付け可能なYouTubeがあったので貼らせていただく。
絶体絶命の場面からの優勝で、競馬熱は最高潮。
ハイセイコーは圧倒的な1番人気でダービーに出たが、距離の壁か3着に沈む。
ここで勝ったのが最大のライバルとなるタケホープ。
連勝はストップしたが、人気は衰えるどころか益々過熱。
明けて4歳。
ここまで休みなく走ってきたハイセイコーは初戦のAJCCを、距離の壁か、勤続疲労か、9着と惨敗を喫してしまう。
距離も適距離で2着に大差をつけて圧勝。
しかし3200は長すぎたか、またもタケホープに敗れてしまう。
秋は天皇賞出走は叶わなかったが、ラストレースの有馬記念で、タケホープの前でゴールの2着で現役を終えた。
主戦増沢ジョッキーが歌う「さらばハイセイコー」はスマッシュヒットを記録。
アイドルホースハイセイコーは、競馬ファンのみならず一般の人の記憶にも強く刻まれる稀代の人気馬として一世を風靡したのだ。
戦績 地方 6戦 6・0・0・0
中央 16戦 7・4・2・3