仕事以外全部趣味
※ここに記載する馬齢は全て現在の表記です(レース名は当時のまま)
競馬を見だして、かれこれ50年以上。
競馬を知るきっかけはタニノムーティエだ。
これだけ長く競馬を見ていると記憶に残るレースは数多い。
今回はエリザベス女王杯。
前身はビクトリアカップ。
1976年からエリザベス女王杯とレース名が変わったが、性質は同じと言って良い。
牝馬の菊花賞的な位置づけとして、3歳牝馬限定レースだったが、秋華賞が創設されてから3歳以上の牝馬レースとなった。
今回取り上げるのは1989年のレース。
あっと驚くサンドピアリスが優勝した年だ。
この女王杯前まで10戦7勝2着3回と100%の連対率を誇っていた。
騎手は若き武豊。
当然女王杯も圧倒的な1番人気だった。
それに対して、サンドピアリスは20番人気と最低人気。
無理もない。
女王杯の前3走だけ見ても900万下の条件特別、平場、平場を8着、9着、6着。
主にダートで使われおり、芝は8戦中3戦だけで、それも9着、8着、9着。
最低人気もやむなしという感じではあった。
しかし父ハイセイコーの血が騒いだのか、まさかまさかの1着。
2着にも10番人気ヤマフリアル、3着14番人気シンビクトリーともう無茶苦茶。
1番人気シャダイカグラは故障発生で20着最下位入線。
大荒れも大荒れ、とんでもないレースになってしまったのだ。
つけた単勝配当は43060円!
そんなエリザベス女王杯。
例によって貼付け可能なYouTubeから。
少し長い映像だが、杉本アナの実況が当日淀競馬場の雰囲気をよく表しているので是非。
当時は、まだ単勝、複勝、連勝複式の3種類しか馬券が無かった時代。
今の配当しか知らない若い人はピンとこないかもしれないが、当時はとんでもない配当で、もし3連単なら、いったいいくらつくのか空恐ろしい。
尚、故障発生のシャダイカグラは幸い命に別状はなく、競走馬としてはこのレースが最後になったが、繁殖牝馬となることが出来ている。
良かった良かった。
サンドピアリスはこの後も競争生活を続け、京都大賞典で3着、引退レースとなった京都記念2着と終わってみれば京都巧者だったと言えるのかもしれない。
サンドピアリス戦績 18戦 3・1・1・13
シャダイカグラ戦績 11戦 7・3・0・1