仕事以外全部趣味
※ここに記載する馬齢は全て現在の表記です(レース名は当時のまま)
競馬を見だして、かれこれ50年以上。
競馬を知るきっかけはタニノムーティエだ。
これだけ長く競馬を見ていると記憶に残るレースは数多い。
先週「思い出のレース」でジャパンカップについて投稿した。
ところが、これは私が先週ジャパンカップ開催と思い込んだからだ。
今週がジャパンカップなので、フライングしてしまった訳だ。
なので、今週もう一度ジャパンカップを取上げる事にした(^^;)
でもって、何を取上げようと思ったが、先週も触れた衝撃の第1回にした。
日本では鹿が走っていたと外国調教師に言われてしまった、あの第1回だ(^^;)
外国馬は決して一流ではなかったが、それなりに来日してくれた。
世界の大レースに比べても。当時としては賞金が高かったからだ。
迎え撃つ日本馬は、天皇賞秋(当時3200M)の上位馬がずらり顔を揃えた。
ホウヨウボーイ、モンテプリンス、ゴールドスペンサーがそうだ。
外国馬と日本馬の出走数は外国馬7頭、日本馬8頭。
今では考えられない程外国馬の参加が多い。
当時、テレビ中継だが初めての外国馬と日本馬の激突ということで、どんなレースが見られるのか、興味津々だった。
それまで日本の競馬は鎖国状態だった。
ジャパンカップというベタな名前には少しあきれていたが、今の日本馬の世界的な活躍があるのも、第1回ジャパンカップという種をまいたからだ。
レースは日の丸特攻隊サクラシンゲキの逃げで始まった。
いつものようにサクラシンゲキは頑張ったが、最後の直線でカナダのフロストキングに交わされるとずるずる後退。
先頭に立ったフロストキングを、外から豪快にメアジードーツが追ってくる。
その後ろにもザベリワン、ペティテートが追い上げる。
当時テレビで見ていてもこのド迫力に度肝を抜かれた。
その記念すべきレースを例によって貼付け可能なYouTubeから。
勝ったのは追込んできたアメリカのメアジードーツで、何と日本レコード。
1着から4着まで全て外国馬。
5着にようやくゴールドスペンサー。
前年年度代表馬で直前の天皇賞も勝った日本最強馬のホウヨウボーイがやっと6着。
想像だが、日本の競馬関係者はこの結果を見てあ然としたに違いない。
これほどの差があるのか・・・と。
しかし時は過ぎて44年。
今は日本馬が海外に出て大レースを勝ちまくる。
時の流れを感じるのだ。