影無茶のスポーツ24/7

スポーツ好き熟年おやじのブログ

ジャイアント馬場没20年追善興行 ブッチャーが、ドリーが、ハンセン、マスカラス、ドスカラスそしてアントニオ猪木が!

アブドーラ・ザ・ブッチャー引退セレモニー

私はプロレス黄金期をライブで見ていた世代です。

もちろん若い人たちにとっても、それぞれリアルタイムで見ていた時代が黄金期だと言われれば、それは十分に理解できます。

しかし、何と言ってもジャイアント馬場アントニオ猪木のBI砲がタッグを組み、同じリングで戦った日本プロレス時代はどの黄金時代よりも輝いていたと言えるのではないでしょうか。

今回ジャイアント馬場没20年ということで組まれた追善興行。

あくまでニュースの記事と写真を見ただけですが、懐かしい顔が揃い、当時を思い出しながら感傷に浸ることが出来ました。

アブドーラ・ザ・ブッチャーの引退式も行われたんですね。

78歳で車椅子姿でしたが現役当時の印象とあまり変わらない雰囲気。

記事にもありましたが、これほど愛されたヒールレスラーは他には思いつきません。

実際リングを離れるとヒールの仮面を脱ぎ捨てて、とても優しくてコメディアンヌ的雰囲気も醸し出していた様子が、当時愛読していた「ゴング」の記事などに掲載されていた記憶があります。

これは記憶違いがあるかもしれませんが、底抜け脱線ゲーム(知らない人も多いでしょうね)で時々プロレスラー同士の対戦がありましたが、ブッチャーも出てコミカルな動きで見る者を楽しませていたような印象があります。

ドリー・ファンク・ジュニア スタン・ハンセン

今回、ブッチャーの引退式には、ドリー・ファンク・ジュニア、スタン・ハンセンも姿を見せていたようで感無量です。

その時々で一番好きなレスラーは変わっていましたが、改めて振返ってみた時に、私が一番好きなレスラーはドリーなんですね。

NWA世界ヘビー級王者として当時の防衛ペースは半端なかったです。

今はちょっとわからないんですが、当時NWA世界ヘビーのベルトはプロレス界で最も価値があると位置付けられていました。

そのベルトを保持して来日。

馬場、猪木とのシングルマッチは名勝負の連続でした。

結局ドリーからベルトを奪うことは出来ませんでしたが、馬場のインターナショナルヘビー級ベルトを賭けた試合は馬場が勝利したように記憶しています。

初めて見た時のスピニングトーホルドの衝撃。

学校でプロレスごっこをよくしましたが、私はスピニングトーホールドの名手だったんですよ(笑)

そのままファンクスのテーマ曲にもなりましたが、スカイハイと並んでプロレスラーテーマ曲の双璧だと思っています。

私は全日派だったので、スタンハンセンは新日時代より全日に移籍してからの方が好きでした。

ストロングスタイルとしては彼は圧倒的に強かった。

ハンセンと言えば、これはもう何と言ってもウエスタンラリアット

彼が左腕を高々と上げて、さあ!ラリアットだ!と会場のボルテージが最高潮になる時の興奮は忘れられません。

彼のラリアットは一撃必殺。

間違ってもラリアットの応酬とはなりません。

ラリアットが火を噴く時は勝負が着くとき。

正に必殺技でした。

勝負が終わっても興奮状態のハンセンがリング上で暴れるのを阻止するために、リング下から全日本のレスラーが総出でリングに上がり、大熊元司が何度もラリアットで大の字に伸びてしまってたことを思い出します(笑)

馬場との対戦はこれはもう名勝負。

緊張感あふれる戦いで馬場がラリアットを喰うか喰わないかが勝負の分かれ目。

ハンセンの左腕をこれでもかと痛みつけた試合などがよみがえります。

千の顔を持つ男 ミル・マスカラス

先ほどテーマ曲の双璧と書きましたが、その片方のスカイハイと言えば!

千の顔を持つ男、ミルマスカラス!

千の風ではありませんよ!

そのマスカラスも、弟ドスカラスと来日してたんですね。

その上、タッグマッチまでやってくれた。

マスカラス76歳!ドスカラス67歳。

もうねえ、動けるわけありませんからね、普通。

ダイビングボディーアタックの写真を見られるだけで感無量です。

よくリングに上がってくれました。

当時あれほどカッコいいレスラーはいませんでした。

美しくてかっこよくて強くて。

マスク欲しかったなあ~。

アントニオ猪木

そして最後に(セレモニーでは最初だったようですが)

アントニオ猪木

終生のライバル、ジャイアント馬場に捧げる、ダー!

両雄並び立たず。

袂を分かつことになった二人。

この二人がインターナショナルタッグチャンピオンとして君臨したこの二人の戦いを当時リアルタイムで見られたことは今思えば幸せだったんですね。

そんな猪木が来てくれたんです。

リング状に上がらなかったのは、馬場に対する猪木の、一線を超えてはいけない、ずかずかと馬場のリングに上がってはいけないという猪木の姿勢だったんだと思います。

来てくれて馬場への思いを語った。

猪木の参加は興業の価値を深いものにしたと思います。

 

私は今はもうプロレスを見ていません。

馬場が、猪木が、ドリーがブッチャーが、マスカラスが、エリックが、ブラッシーが、ブルート・ジム・バーナードが、ビルロビンソンが、ボボ・ブラジルが、キラー・カール・コックスが、シークが、そしてハンセンが魅せてくれた時代がすごすぎて・・・。

ジャイアント馬場って改めて偉大なレスラーだったことがわかった追善興行でした。

いやあ、子供心に戻ってしまって書きなぐっただけの投稿になりましたが最後までご覧いただきありがとうございます。

 


スカイ・ハイ~ジグソー

 


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