影無茶のスポーツトゥエンティフォー・セブン

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JRA思い出のレース 1994年「朝日杯3歳ステークス」幻の3冠馬フジキセキ

仕事以外全部趣味

競馬を見だして、かれこれ50年以上。

これだけ長く競馬を見ていると記憶に残るレースは数多い。

 

今回は1994年朝日杯フューチュリティステークス

ご存知の方も多いと思うが、このレースは2013年まで中山競馬場で開催していた。

それが現在の阪神競馬場開催になった時は驚いた。

関西で朝日杯が行われることに、長く競馬を見てきた私は当初馴染めなかった。

考えてみればダービーとオークスが府中競馬場で行われるのだから、2歳のチャンピオン決定戦が双方関西で行われるのは不思議ではない。

レース名も馬齢表記が現行に変更になった2001年に阪神3歳牝馬ステークスと同時に、朝日杯フューチュリティステークスと舌を嚙みそうなレース名になった。

 

今回取り上げたのはフジキセキ

中山競馬場開催でレース名もまだ朝日杯3歳ステークスだった頃の話。

馬齢がまだ旧表示の時代で、現在の表記では2歳になる。

一世を風靡し、日本の競馬を世界基準に押し上げる原動力となった、サンデーサイレンスの初子だ。

サンデーサイレンス産駒は初年度から多くの馬が勝利し、その中の代表産駒と言われたのがフジキセキだ。

そんなフジキセキが、サンデー産駒初のGⅠ制覇を成し遂げた朝日杯。

例によって貼付け可能なYouTubeから、とっても若い三宅アナ実況版で。

 


www.youtube.com

 

放送でもサンデー産駒を注目し、フジキセキに期待を込めていることが分かる。

果してどれほど強いのか。

関西からやってきたフジキセキが果たしてどれだけ強いのか。

ワクワク感満載の実況席。

レースは、最後の直線、内から力強く抜けてくるフジキセキ

外から鋭く追い込む武豊騎乗のスキーキャプテン

最後はフジキセキがクビ差スキーキャプテンを退けて朝日杯を制覇したのだ。

そんなフジキセキは明けて弥生賞も快勝。

3冠確実と言われたが・・・。

好事魔多し。

屈腱炎を発症し、4戦4勝で引退を余儀なくされた。

多くの名馬を生み出したサンデーサイレンス

実際フジキセキ世代でもジェニュイン(名前が素晴らしい)が皐月賞

タヤスツヨシがダービーを制覇。

タラレバは禁物だが、もしフジキセキが無事ならとどうしても思ってしまう。

その後フジキセキ種牡馬としても大活躍。

イスラボニータカネヒキリコイウタキンシャサノキセキファイングレイン等、数多くの重賞馬を輩出している。

 

フジキセキ 4戦 4・0・0・0

 

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