仕事以外全部趣味
※ここに記載する馬齢は全て現在の表記です(レース名は当時のまま)
競馬を見だして、かれこれ50年以上。
競馬を知るきっかけはタニノムーティエだ。
これだけ長く競馬を見ていると記憶に残るレースは数多い。
3冠最後のレース菊花賞。
さつき賞は速い馬、ダービーは運のよい馬、そして菊花賞は強い馬が勝つ。
長年そう言われてきたが、距離体系の整備により3000Mは王道ではなくなった。
秋は天皇賞を目指す3歳馬も増え、注目度は昔に比べ低くなっているように思う。
今回思い出のレースとして取り上げるのは1996年ダンスインザダーク。
競馬界に巻き起こったサンデーサイレンス旋風2年目の産駒だ。
当時競馬界の七不思議と呼ばれた中に、武豊ダービー未勝利というのがあった。
数々の大レースを制してきた武騎手がダービーだけは勝てない。
そんな時に現れたのがダンスインザダークだった。
新馬戦から騎乗、3歳になり弥生賞を勝って堂々とクラシック路線の主役に躍り出た。
こういった事もあり、ダンスインザダークと武騎手に注目が集まった。
皐月賞を回避することになる。
幸い状態が回復し、ダービートライアルのプリンシパルステークスに出走。
熱発明けだったが影響を感じさせず1着。
迎えたダービーは1番人気。
武騎手ダービージョッキー仲間入りの期待が高まる。
ダンスインザダークはそれだけの強さを持ち合わせていた。
ところがゴール前、勝利が見えたと思われたその瞬間、外からフサイチコンコルドが飛んできた。
武騎手悲願のダービー制覇はならなかったのだ。
レース後休養に入り、迎えた秋初戦神戸新聞杯を快勝。
3冠最後の菊花賞に駒を進める。
皐月賞は出走が叶わず、ダービーは運が無く・・・。
果たして菊花賞を制し世代で一番強い馬に輝いたのか。
レースとしても記憶に残る名勝負。
例によって貼り付け可能なYouTubeから。
最後の最後にクラシック3冠のひとつを執念でもぎ取ったダンスインザダーク。
馬もジョッキーも調教師を含む関係者もダービーの無念を少しでも晴らせたことだろう。
しかしダンスインザダークは菊花賞の後に競走馬としては致命的な屈腱炎を発症。
菊花賞が最後のレースとなった。
3頭の菊花賞馬を含むGⅠ馬4頭を筆頭に数多くの重賞馬を輩出したのだ。
尚、武騎手もこの2年後スペシャルウィークで悲願のダービー制覇。
現時点で6勝と空前の記録を残している。
戦績 8戦 5・2・1・0